7/13(土)夕方、梅雨明けしない天気が続く中、『私たちにはことばが必要だ』(タバブックス)の翻訳家・すんみさんと小山内園子さんのトークが早稲田奉仕園で行われ、会場のリバティホールには64名の参加者が集まりました。昨今、韓国では#MeToo, #WithYouが大きなムーブメントとなりましたが、その一翼を担ったのがイ・ミンギョンさんによるこの著書です。2016年にソウルで起きた江南駅女性殺害事件をきっかけに9日間で完成させたというこの本は、2018年に日本でも出版され、声をあげ始めようとする女性たちを勇気づけています。
今回のSTUDY HALLでは、10月開催の韓国スタディツアーの事前学習も兼ねて、この本を翻訳したお二人と、司会に梁・永山聡子さんをお招きし、韓国のフェミニズムの状況や翻訳秘話などについてお聞きしました。
江南駅女性殺害事件は、「女性を憎んでいた」という理由で無差別に女性がターゲットに選ばれ殺されたという事件です。これは韓国の女性たちに「殺されていたのは自分だったかもしれない」という感覚を呼び起こし、全国各地で声があがり始めました。『私たちにはことばが必要だ』の著者イ・ミンギョンさんがこの様子を「表面張力状態のコップに落ちた最後の一滴で水が溢れ出た」と例えていたことを、会場ですんみさんが紹介してくださいました。
*翻訳について
この本が日本語に訳されることになった時、小山内さんは、初めにタバブックスさんに依頼されていたすんみさんから共訳の誘いを受けました。すると、すんみさんは小山内さんにこう言ったといいます。「この本を訳すには覚悟が要ります。これを訳すことはフェミニストになるということです」。
今でこそフェミニズムが盛んになっている韓国ですが、この#MeTooムーブメントが起こる前、フェミニストといえば「全ての幸せに背を向けて生きる」というイメージだったそうです。社会福祉士として女性への暴力の問題に常にかかわっていた小山内さんは、とくに「女性」とつくものに構えていなかったためすんみさんの言葉を冗談めかしく紹介していましたが、それほど韓国社会ではフェミニストと名乗ることが難しいようでした。すんみさん自身も、この本の翻訳を通して、そんなに「ない」だろうと思っていた日常の中の女性差別に気づき、自分のような読者がたくさんいるのではないかと思い始めたといいます。以後、自身のパートナーに対しても「ハリネズミ状態になったよう」だと表現していました。
つまり、この本が体に入るということは些細な差別に対しても敏感になるということであり、その体験を読者にさせなければ翻訳は成功ではないといいます。社会的な文脈の違いを日本の読者にわかりやすく伝えるため、初めに訳し終わった日本語をもう一度最初から訳しなおすほど苦労したとの翻訳秘話をお聞きすることもできました。
*韓国フェミニズムについて
2007年、社会福祉士としてソウルに1ヵ月間派遣されたことのある小山内さんは、DV殺人事件の裁判の傍聴で被害者の女性支援団体の人が騒いでいる姿を目撃しました。なぜそんなに騒ぐのか、という小山内さんの疑問に、このような加害者寄りの裁判では支援団体がいるということしか被害者にとって財産がない、だから騒ぐことが仕事なのだと言われたというエピソードをお話してくださいました。もしこの「法廷で騒ぐ」という行為が野蛮と思うのならば、日本のフェミニズムは300年かかり、これが日本において#WithYouができていない理由の一つなのではないかと司会の梁・永山さんがコメントしていたことが印象的でした。騒いでやっと初めて、存在に気付いてもらえるということです。
会場からは、昨今女性嫌悪の男性に対抗するために過激な言葉を使うのはヘイトスピーチ的で受け入れがたいがどう思うかという質問がありました。昨今、韓国でそのようなフェミニストのメガリアというサイトが物議をかもしていますが、これはメガリアを全面肯定しなければいけないということではなく、そこまで言わないと気付いてもらえない状況とはどういうことなのかを考えなければいけないということを、イ・ミンギョンさんが語っていたそうです。
*日本の#MeTooについて
「韓国ではこんなに声があがっているのに、なぜ日本では広がらないんだ」という言説をよく耳にします。しかし、小山内さんは広がり方は目に見えたり見えなかったりし、メディアにも左右されるため、まずは、日本では#MeTooが広がっていないというこの前提を疑うべきだといいます。例えば、発端となったアメリカはハリウッド女優、韓国は市民集会やデモ、広がり方は国によってさまざまな形があり、大事なのは#MeTooの声を受け止める機運を潰さずに声をあげた人々を一人にさせないことだとすんみさんはおっしゃいます。
今、日本各地で毎月開催されているフラワーデモでは、『私たちにはことばが必要だ』を黙って掲げていた女性がいたといいます。この本が翻訳された時も、日本語のわかる韓国の読者に、韓国語に比べると「優しい」と言われたそうです。また、韓国語版の表紙はファイティングポーズの唇のキャラクターなのに対し、日本語版は黙っているクマが使用されています。
しかし、この本の中にも言及されているように、「自分の経験を簡単に喋る必要はない」「私たち被差別者はずっと語らされてきた」「男はなんで黙っているんだ」ということを日本の#MeTooは訴えているような気もします。ちなみに、この黙っているクマは、小山内さんがイラストレーターの安達茉莉子さんに聞いたところ、反撃3秒前の図だそうです。
*「私たち」とは誰なのか
本のタイトルにもある「私たち」というのはいったい誰のことなのか、すんみさんは女性や男性などだれかを指す言葉ではなく、「私たち」という空間や状態、いわば必要な時に集えるプラットフォームとしてとらえてもいいのではないかと提案します。
また、小山内さんはこの言葉を誰がどの位置から言うのか、注意を払わなければならないといいます。自然発生的に下から出てくるものであればこの言葉は私たちを繋げることができる一方、上にいる者たちが「私たち」と言った時にはそれを疑う必要があるという小山内さんの言葉には、会場の多くの皆さんもハッとさせられたのではないでしょうか。
トークイベントも終わり、51名もの方がアンケートを記入してくださいました。とても丁寧に、びっしり感想を書いてくださった方が非常に多く、今回のイベントがもたらしたパワーを感じることができました。
ある方は、『毎日ツイッターやネットニュースでとんでもない意見を見て悲しくなるし、友人でフェミニズムに興味がある人も少ないです。その中で「声をあげている人はいる」「声をあげている人を支えないといけない」というお話は希望がもてました。やれることを見つけた気がします。』、そして、もうある方は、『今の社会で生活したり、生きていくのに男性の言葉に傷つき、つまずいてきた。だからフェミニズムもこの本に救われた。生きてくのに必要なテクニックというか考えが詰まっていて、もっと早く知りたかったと思った。今回の講演会も勇気づけられました。』との声を寄せてくださいました。
イ・ミンギョンさんは著書の中で、話すことによって言葉は増えていくと書かれていますが、まさにこのアンケート用紙にあふれた思いをみていると、言葉が生まれている場面を目撃しているようでした。
冒頭でも少し触れましたが、早稲田奉仕園では10月18日(金)~21日(月)の3泊4日で「ジェンダー平等」と「メディア」をテーマにした韓国スタディーツアーを開催いたします。今回のトークでも出てきたように、長年、活動を続けてきた様々な団体を4ヵ所訪問し、韓国社会の女性への支援の現場や政策について直にお話を聞きに行きます。また、そのような声に対してメディアがどのように応答しているのかを学ぶために、ハンギョレ新聞社の社内見学に行く機会も設けることができました。
ぜひ、このトークイベントでも話されていたことが実際の社会とどのように繋がっているのか、一緒に足を運んで見に行きましょう!個人旅行ではなかなか訪れることのできないところを回るので、この機会にぜひご参加ください。
★詳細情報・お申込みはコチラから
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