薮野健講演会「今井兼次とスコットホール」を開催しました ―早稲田芸術文化週間2025 共催イベントレポート―

―早稲田芸術文化週間2025 共催イベントレポート―

10月16日、早稲田大学文化企画課との共催により、建築史家であり画家でもある薮野健さんをお迎えし、スコットホールにて講演会「今井兼次とスコットホール」を開催しました。
今回の企画は、毎年10月に行われる「早稲田芸術文化週間」の一環として初めてスコットホールを会場に行われたものです。文化企画課さんとの初共催ということもあり、会場には100名を超える早稲田大学OBOGや建築ファン、地域の方々まで幅広い層が集いました。


建築の魅力を紐解く

冒頭では、一粒社ヴォーリズ建築事務所の一色輝生さんによる基調講演が行われ、「スコットホールの建築的おもしろさ」について、豊富なスライドとともに解説いただきました。煉瓦の積み方や窓の意匠、光の取り込み方など、普段は見過ごしがちなディテールが紹介され、来場者は改めてこの建物の奥深さに魅了されました。


今井兼次先生との出会い

薮野先生の講演は、今井兼次先生との思い出から始まりました。
学生時代、スペイン建築に惹かれて今井研究室を訪ねたことがきっかけだったそうです。一度の訪問のつもりが、今井先生の人柄と知的魅力に引き込まれ、繰り返し足を運ぶようになったとのこと。研究室には本が山のように積まれ、「まっすぐ歩いてはいけない」「大きく息をしてはいけない」という暗黙のルールがあったそうです。

今井兼次先生は1892年生まれ。99歳まで生きられた稀有な建築家であり、その長い人生の中で日本近代建築の形成に大きな足跡を残しました。


戦前の早稲田とスコットホールの記憶

薮野先生が大学に入学された頃の早稲田は、今とはまったく違う街並みだったといいます。
高田馬場から明治通りにかけての通りには、銅板張りや出し桁造の商店が並び、戦前の東京の風情を色濃く残していました。そんな中に現れたスコットホールと早稲田奉仕園の建築意匠は、当時の学生にとってまさに衝撃的な存在だったそうです。

かつてスコットホールの隣には、1970年まで「アルバ・ホビー・メモリアル・ホール」(レイモンド設計)が建っており、赤煉瓦造の外観がスコットホールと美しい調和を見せていました。
薮野先生が描かれた早稲田界隈の建造物やアルバ・ホビー・メモリアル・ホールの絵も会場に回覧され、来場者はその柔らかな筆致と懐かしい風景に心を寄せていました。


戦災を越えた建築の力

第二次世界大戦の空襲で早稲田の多くの建物が被災しましたが、スコットホールは奇跡的に焼失を免れました。
その理由は、単なる偶然ではなく、今井先生の設計思想と堅牢な構造にあったのかもしれません。師である内藤多仲(東京タワー設計で知られる「耐震構造の父」)の影響も大きかったといわれます。
戦災を乗り越えてなお人々を迎え入れるスコットホールの姿は、建築の力そのものを物語っています。


若き今井先生の情熱

スコットホールは1921年に竣工し、1924年4月29日に献堂式が行われました。
その場に26歳の今井先生が同席していたという記録が残っています。自らの設計による建物が完成した瞬間を見届けた若き建築家の喜びは、想像するだけで胸が熱くなります。


大学の象徴と文化の継承

早稲田大学のかつての建造物は、木造3階建ての脆弱な構造ながら、資料や模型がぎっしりと詰め込まれ、「まっすぐ歩けない」ほどだったそうです。
しかしその環境こそが、学生たちの創造力を刺激し、独自の知の文化を育んだのかもしれません。
今井先生もまた、地下鉄会社社長の推薦でヨーロッパを視察し、都市や建築の新しい知見を日本に持ち帰りました。

薮野先生は、早稲田大学の発展を語るうえで、大隈講堂の背後にある月桂樹の木を紹介されました。
これは大正天皇が皇太子の時に植えられたもので、「社会に貢献する学生たれ」という願いが込められています。
建築だけでなく、こうしたシンボルが大学の精神を象徴しているというお話に、来場者は深く頷いていました。


建築が語るもの

薮野先生は講演の最後に、「建築は単なる技術の産物ではなく、人・都市・歴史・文化をつなぐ装置である」と語られました。
築100年を超えるスコットホールは、若き建築家の情熱と、戦災を生き抜いた歴史、そして早稲田という土地の記憶を今に伝える“生きた歴史的建造物”です。スコットホールという建物が、単なる建築物ではなく「人と時間をつなぐ存在」であることを、誰もが実感したのではないでしょうか。


参加された皆さまからも、質疑応答の時間を設け、「早稲田という街を歩く目が変わった」「建築の中に時間の流れを感じた」という声をいただきました。スコットホールはこれからも、建築と人、そして歴史をつなぐ場として、多くの物語を育んでいくことでしょう。

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