早稲田のまちの再発見!まち歩き「都市に見るまちと暮らし」に参加しました

 

 

11月19日(土)スコットホールを最終見学地にした早稲田周辺のまち歩きに参加しました。主催はJIA 公益社団法人日本建築家協会 関東甲信越支部 住宅部会で年2回開催している市民住宅講座です。

 

 

参加者は19名。穴八幡神社に集合し、早稲田小学校→戸山ハイツ→箱根山登山→早稲田大学→奉仕園の全行程5.5㎞で、最後にスコットホールギャラリーにて当日撮った写真を見ながら懇談会という盛り沢山の内容です。

 

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早稲田小学校の現校舎は、1923年の関東大震災後に改築されたもので、子供中心の能動的で活動的な学習への転換を図る「新教育思想(大正新教育)」が反映された校舎とのこと。その特徴は、棟の奥行きを狭くして風と光を取り入れたり、校舎を囲む塀には門が多く地域に開かれたことを示しており、当時の自由な雰囲気が伝わってきます。

 

戸山公園・戸山ハイツは江戸時代に尾張徳川家の下屋敷だった敷地から、明治時代には陸軍の戸山学校、近衛師団、射撃場、陸軍病院、軍医学校などに変わります。731部隊との関連が疑われる人骨が大量発掘された場所や、再調査が計画されている場所など、当時の痕跡を見学しました。

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戸山公園内にある日本基督教団戸山教会。陸軍戸山学校将校集会所として使われていた建物の上にそのまま礼拝堂が建てられています。何故??

 

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戸山ハイツの始まりは、戦後GHQの提唱により、1948年に米軍の野戦兵舎用の払い下げ資材を主建材として、応急木造住宅が建設されたことから。その後1968年から8年かけて現在の中高層住宅へと建て替えられたそうです。小学校、幼稚園、スーパーや各種店舗が敷地内に建設され、一大コミュニティーが形成されたことを想像させますが、ここも他の団地と同様に入居者の高齢化が進んでいる印象を受けました。

 

その後早稲田大学を回って、最後にスコットホールへ。講堂は使用中ということもあり、見学はできませんでしたが、「スコットホールを一番楽しみにしてきた」という方もいて、申し訳ないことしきりでした。

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ギャラリーではまち巡りをしてきた場所をプロジェクターで解説、みなさんが映した写真を見ながら振り返りました。

 

早稲田界隈は、歴史的にもさまざまな時代を刻んできており、路地を入れば木造密集住宅街がある一方で、広大な公園の中に大規模な公営住宅がある。また、早稲田大学を中心に文化的なコミュニティーが生まれ、街を作り出しているという特色ある街です。

早稲田のまちの魅力にあらためて気づかされた一日でした。

 

次回2月のまち歩きは趣向を変えて企画中とのことです。次回もご期待ください。

 

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